よかてん、訪問介護の仕事に復帰しました。
体力的に仕事がきつい、という感覚は正直あまりありません。
ただ、仕事に行けるかどうかが、毎朝確定しない。
そのことに、常に不安を感じています。
毎朝、「今日は送迎車にちゃんと乗れるだろうか」と考えるところから一日が始まります。
仕事そのものよりも、「仕事に行ける状態でいられるかどうか」が読めないことが、一番の不安です。
送迎に間に合わなかった日のこと
今週、娘がトイレから一時間ほど出てこない日がありました。
その日は送迎時間に間に合わず、後から事業所へ送って行くことになりました。
トイレにいた一時間の間に、膝に大きな自傷を作って出てきました。
ハイドロパッドの大サイズが、ぎりぎり収まるほどの大きさでした。
事業所を休みたい様子はなく、送って行けば普段どおり過ごしています。
だからこそ、なおさら判断が難しいと感じます。
見えにくいストレスの存在
ここ最近、便失禁が続いています。
今回の出来事も含めて考えると、本人の中に、言葉では表現できないストレスがあるのかもしれません。
明確な拒否があるわけではありません。
それでも、行動としてサインが出ている。
そう感じる場面が増えています。
仕事ができるかどうかが、毎朝リセットされる現実
こうした出来事があると、
「今日はちゃんと仕事に行けるだろうか」
という不安が、どうしても毎朝つきまといます。
体力の問題ではありません。
気持ちの問題だけでもありません。
子どもの状態ひとつで、その日の予定が大きく変わってしまう可能性がある。
その不確実さの中で働くことが、現実としてあります。
それでも仕事を続けたい理由
それでも、私は仕事を続けたいと思っています。
理由はとても単純で、生活費を稼がなければ、生活が成り立たないからです。
日々の生活費だけでなく、これから先のことを考えると、老後資金の不安も避けて通れません。
障害のある子どもを育てている以上、自分が元気なうちに、少しでも備えておく必要があると感じています。
気持ちや覚悟だけでは、現実は回りません。
結局のところ、お金を稼がなければ、生活は続けられない。
その事実から、目を背けることはできません。
最近、自分に言い聞かせていること
最近は、自分にこう言い聞かせています。
子ども最優先。
仕事は大切ですし、生活費も老後資金も必要です。
それでも、無理な日は無理だと割り切るしかない日がある、という現実も受け入れるようになりました。
努力不足でも、覚悟の問題でもありません。
最初から、優先順位が決まっているだけです。
今の結論
それでも私は、
子どもを最優先にしながら、無理なく続けられる形を探しています。
今はそれ以上の答えを、持てずにいます。