【発語なし自閉症】通園施設を振り返る①年少組。外の世界が怖かったみーちゃんの話
「この子、外の世界が本当に怖いんだな」と気づいた時期がありました。
この記事では、みーちゃんが年少組(3〜4歳)で通園施設に通っていた頃の記録です。ほぼマンツーマンで支えてもらいながら過ごした1年間を振り返ります。
通園施設に入園した日
送迎はバスで、自宅から徒歩1分の場所まで迎えに来てくれました。
入園して最初の2週間は親子登園でした。私も一緒にバスに乗り、園へ向かいます。そこまでは問題なし。
園についても、みーちゃんはずっと私の膝の上でした。出席確認の名前呼び、体操、リトミック遊び——全部膝の上。
今振り返るとわかります。外の世界が、不安だったのだと思います。
外遊びになると脱走して一人で走り回る。昼食の介助のあとは、私たち母親は休憩室で昼食。母たちみんな、疲れていました。
子どもたちの違いと保護者の場所
クラスの子どもたちは本当に一人ひとり違っていました。
言葉が話せてもパニックが長引く子、発達年齢に遅れはないけれど強いこだわりをもつ子、発語はないけれど絵カードで理解できる子。
それぞれに悩みがあって、ここでやっと弱音や愚痴を吐けた。午後からは保護者に向けて療育手帳取得の説明や市区町村の福祉サービスの案内もありました。
私がいない午後、みーちゃんはどう過ごしているか
こっそり教室の窓の隅から覗いてみました。
- 教室を走り回っている
- 教室の隅で泣いている
- 先生の膝の上
だいたい、このどれかでした。先生が前で授業をしているときは、必ず誰かの膝の上です。
園児7人に対して先生4人。みーちゃんはほぼマンツーマンで見てもらっていました。クラスの中で、ダントツで発達が遅く介助が必要な子でした。
先生たちに救われた日々
それでも先生たちは焦らず、「今日はここまでできたね」と毎日声をかけてくれました。その一言に、どれだけ救われたかわかりません。
帰宅して連絡帳を読むと、そこにはみーちゃんの一日の行動が丁寧に書かれていました。目が離せない子どもばかりの中で、それでも一人ひとりを見てくれている。どんな日でも、決してネガティブな言葉は書かれていない。保護者への労いも必ずありました。
その一文が、どれほど心を軽くしてくれたかわかりません。
母としての気持ち
あの頃は、ただ「できないことが多い子」だと思っていました。
でも本当は、”安心できる場所”をまだ見つけられていなかっただけ。膝の上にいる時間も、走り回る時間も、みーちゃんにとっては**”生きる練習”**だったのだと思います。
あの小さな背中が、ようやく外の世界に出る準備をしていた時間でした。
通園で大活躍したしまじろうグッズ
みーちゃんはしまじろうが大好きで、通園で必要なものはほとんどしまじろうで揃えました(22歳の今でも好きです)。キャラクターの力ってすごいですね。みーちゃんにとっては安心グッズでした。
(PR)
まとめ
- 年少組(3〜4歳)でみーちゃんが通園施設へ入園した
- 最初の2週間は親子登園。みーちゃんはずっと私の膝の上だった
- 外の世界が不安で、走り回るか泣いているか膝の上か——の毎日だった
- 園児7人に先生4人。みーちゃんはほぼマンツーマンで見てもらっていた
- 連絡帳の先生の言葉が、毎日の支えだった
よかてんのひとりごと
あの頃、「うちの子だけこんなに手がかかる」と思っていました。でも今になって、みーちゃんにはみーちゃんのペースがあって、あの時間が必要だったのだとわかります。
焦ってもしょうがなかった。でも焦っていた。あの頃の私に「大丈夫だよ」と伝えてあげたいです。