通園施設に通うことになったみーちゃん。
送迎はバスで、自宅から徒歩1分の道まで迎えにきてくれる。
入園して最初の2週間は親子登園でした。
私も一緒にバスに乗り、園へ。そこまでは問題なし。
園について靴を脱いで教室へ(園では靴下で過ごします)。
みーちゃんは、ずっと私の膝の上でした。
出席確認の名前呼び、体操、リトミック遊び――全部膝の上。
今振り返るとわかります。
外の世界が、不安だったのだと思います。
外遊びになると脱走して一人で走り回る。
昼食の介助をしたあとは、私たち母親は休憩室で昼食。
母たち、みんな疲れていました。
子どもたちの成長も、それぞれ違いました。
言葉が話せてもパニックが長引く子、
発達年齢に遅れはないけれど強いこだわりをもつ子、
発語はないけれど絵カードで理解できる子。
本当に、一人ひとり違っていました。
それぞれに悩みがあって、やっとここで弱音や愚痴を吐けた。
午後からは、保護者に向けて先生から
療育手帳取得の説明や、市区町村の福祉サービスの案内がありました。
通園施設での午後のみーちゃん
私がいない午後、みーちゃんはどう過ごしているのか。
こっそり教室の窓の隅から覗いてみました。
- 教室を走り回っている
- 教室の隅で泣いている
- 先生の膝の上
だいたい、このどれかでした。
先生が前で授業をしている時は、必ず誰かの膝の上。
園児7人に対して先生4人。
みーちゃんは、ほぼマンツーマンで見てもらっていました。
園児7人の中で、ダントツで発達が遅く、介助が必要な子でした。
先生との関わりと支え
それでも先生たちは焦らず、「今日はここまでできたね」と毎日声をかけてくれました。
その一言に、どれだけ救われたかわかりません。
帰宅して連絡帳を読むと、そこにはみーちゃんの一日の行動が丁寧に書かれていました。
目が離せない子どもばかりの中で、それでも一人ひとりを見てくれている。
どんな日でも、決してネガティブな言葉は書かれていません。
そして、私たち保護者のことも必ずねぎらってくれました。
その一文が、どれほど心を軽くしてくれたかわかりません。
母としての気持ち
あの頃は、ただ「できないこと」が多い子だと思っていました。
でも本当は、“安心できる場所”をまだ見つけられていなかっただけ。
膝の上にいる時間も、走り回る時間も、
みーちゃんにとっては“生きる練習”だったのだと思います。
あの小さな背中が、ようやく外の世界に出る準備をしていた時間でした。
ちなみにみーちゃんはしまじろうが大好きで、通園で必要なものはほとんどしまじろうで揃えました。(22歳の今でも好きです)
キャラクターの力ってすごいですね。みーちゃんにとっては安心グッズ。
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