みーちゃんの地域の小学校への入学は、「仕方ない」という状態で育委員会から許可をもらったものだった。
そこから6年間、私は毎日みーちゃんを学校へ送って、迎えに行く日々が始まった。
当時、まだ放課後デイサービスは整っておらず、朝は7時40分に家を出て、徒歩20分の道のりを一緒に歩いた。雨の日も、雪の日も。
下校時間に合わせて学校へ迎えに行くのが当たり前だった。
デイサービスができたのはみーちゃんが3年生の頃。けれど当初は送迎制度がなかったため、
私は学校まで迎えに行ってその足でデイサービスへ連れて行き、数時間後、再び迎えに行くという生活。
そのリズムで仕事をすることなんて、とても現実的ではなかった。
しばらくして、送迎つきのデイサービスが増え、ようやくみーちゃんの通うデイでも学校まで迎えに来てくれるようになった。
それでも帰宅時は保護者の迎えが必要だったけれど、朝から夕方18時まで、まとまった時間が確保できるようになったのは本当にありがたかった。
地域の小学校へ通い始めたとはいえ、通常学級に入るのは、朝の会・体育・音楽・給食・図工・終わりの会など限られた時間。
ほとんどの時間は支援級で個別課題に取り組んでいた。
当時のみーちゃんの発達年齢は1歳半ほど。
課題は、数字や名前、五十音を書く練習、絵のマッチングやパズルなど。
1年生の終わりには、自分の名前をひらがなで書けるようになり、1〜10の数字も書けるようになった。
五十音も理解できるようになり、「『あ』のカードちょうだい」と言うと、ちゃんと渡せるようになっていた。
全部の五十音カードに対応できるようになったこと、母として本当に嬉しかった。
勉強以外にも、給食当番で教室まで配膳を運ぶ練習、エプロンをつける練習、体操服に着替える練習…
たくさんのことを、毎日毎日、根気強く先生方が教えてくださった。感謝の気持ちでいっぱいだ。
できることは確かに増えていった。
でも、その一方で、みーちゃんにとって学校での生活は、意味がわからないことの連続で、きっと強いストレスがかかっていたのだと思う。
ますます他害が増えた。
そして、私自身も精神的に追い詰められる毎日が始まる。