発語のない重度自閉症の娘・みーちゃんには、3歳頃から「つねる」「噛む」といった行動が見られるようになりました。
いわゆる“他害”と呼ばれる行動に近いもので、当時の私は原因も改善策も分からず、日々を必死に過ごしていました。
専門家に相談しても得られなかった「解決策」
専門医に相談しても「様子を見ましょう」。
先輩ママに話しても、励ましの言葉をいただけるだけ。
現実的な解決策は何ひとつなく、
「どうすればいいのか分からない」ままの15年間でした。
そのなかで唯一、PECS療育の先生からいただいた助言があります。
「他害を受けても、できる限り反応しないでください。
過剰に反応すると“反応してくれた”と理解し、かえって行動が強まることがあります。」
当時の私は、この言葉の意味を理解する余裕もないほど毎日が追われていました。
しかし振り返ると、先生が伝えてくれたのは
“行動そのものではなく、その背景にあるしんどさを見る姿勢”
だったのだと、今は感じています。
つねる・噛む行動は「誰に向かって出るか」も違っていました
不思議なことに、つねる・噛むといった行動は
私以外の人に向かって出ていました。
- 元夫
- 長女
- 祖母
- 先生
- 友達
周囲の多くの人がその行動を受けましたが、
私に対しては一度もありませんでした。
理由は分かりませんが、みーちゃんのなかでは、
「この人は安心できる」「この人には頼れる」という、
言葉にはできない感覚があったのかもしれません。
(あるいは単に「この人にはつねっても得にならない」と思っていた可能性もあります。)
噛む=ストレスの限界、つねる=“かまって”のサイン
行動の背景を丁寧に見ていくと、次のような違いに気づきました。
●噛む行為
みーちゃん自身のストレスが限界まで達した時の反応でした。
- 感覚刺激の多さ
- 見通しのなさ
- 疲れ
- 緊張状態
- 身体の不快感(便秘・睡眠不足など)
●つねる行為
つねる行為は、しんどさだけではなく、
「かまってほしい」「気づいてほしい」
というサインとして出るときもありました。
同じ「他害のように見える行動」でも、
背景にある気持ちはまったく異なっていました。
支援学校卒業後、生活介護事業所で大きな変化がありました
支援学校を卒業し、生活介護事業所に通い始めて半年ほど経った頃、
長年続いていたつねる・噛む行動が、気づけばほとんど見られなくなりました。
もちろん、事業所の支援者の方々の工夫が大きな助けになりました。
- 手が届く範囲に他の利用者さんを座らせない
- 刺激を避ける座席配置や動線
- 少人数環境
しかし、それ以上に大きかったのは
みーちゃん自身の理解力の成長です。
一方で、皮膚を傷つける自傷行為は今も続いています
つねる・噛むといった「他害のように見える行動」は落ち着いた一方で、
皮膚を傷つけてしまう自傷行為は、現在も続いています。
行動の方向(他者 / 自分)や目的が変化しても、
“しんどさの出口”が必要であることに変わりはない
と感じています。
行動が落ち着いた最大の理由は「理解の深まり」でした
みーちゃんは次第に、
- 今は何をしている時間なのか
- この後に何があるのか
- 今いる場所で何を求められているのか
といった“見通し”をつかめるようになりました。
その積み重ねが
「安心」→「落ち着き」→「行動が減る」
という流れにつながったのだと思います。
あの頃の私へ伝えたい言葉
みーちゃんが最も苦手だったのは、
運動会、発表会などの学校行事でした。
あの期間は、とくに“つねる・噛む行動”が増え、
家でも学校でも本当に大変でした。
クラスメイトの保護者さんに、菓子折り持って、謝罪にも行きました。
当時の私は、
「体調不良以外、学校は行くところ」
と、どこかで思い込んでいました。
でも今の私が、あの頃の自分に声をかけられるなら、きっとこう言います。
「辛いなら、休ませていいんだよ。
学校は“休んでもいい場所”なんだよ。」
みーちゃんのしんどさに寄り添う選択を、もっと堂々とさせてあげたかった。
それが、今の私が一番強く感じていることです。
同じ悩みを抱える方へ
これはあくまで私とみーちゃんの17年間の経験談です。
当てはまらないケースも多くあると思います。
それでも、もし今まさに悩んでおられる方がいるなら、
どうか、
行動そのものではなく、その背景にあるしんどさ・気持ち・環境要因
に目を向けてあげてください。
「時間はかかっても、
理解力が高まると、安心が増え、行動が落ち着く時期が訪れることがある。」
これは、当時の私が一番聞きたかった言葉でもあります。
